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東京高等裁判所 昭和37年(ラ)465号 決定

抗告人 足田恭二(仮名)

相手方 足田春子(仮名)

主文

原審判を取り消す。

本件を東京家庭裁判所に差戻す。

理由

抗告人は「主支同旨又は相手方の婚姻費用分担の請求を棄却する」との裁判を求め、その抗告の理由として別紙抗告理由書記載のとおり主張した。

民法第七六〇条によれば、夫婦はその資産収入その他一切の事情を考慮し、婚姻から生ずる費用を分担する、ものと定められている。この規定は同法第七五二条の定める夫婦相互の同居、協力及び扶助の義務と密接の関連を有し、婚姻生活は夫婦が円満に、相互に協力することによつて一体となり精神的にも物質的にも苦楽を共にするものであつて、その資産状態や社会的地位に応じて夫婦一体の生活としてなされるものであるから、夫婦法定財産制のもとにおいては、婚姻生活より生ずる費用はその資産収入等に応じて相互に分担すべきものとされたものと理解することができる。

婚姻の生活費用は夫婦が別居している場合にも、相互に請求し得ることは民法第七五二条の規定上明かであるが、その分担を定めた趣旨が上記判示のように、夫婦の協力による婚姻生活の保持に基礎をおくものである以上、夫婦がその生活の必要上その他の事由で協議の上別居しているような場合には、妻がその生活に要する費用等の分担を請求し得るのは当然であるが、全く正当の事由もなく夫の意思に反して別居しているような場合には、妻は夫婦の同居義務または協力義務という夫婦の共同生活における本質的な義務に違反しているのであるから、扶助義務の履行を請求することが権利の濫用として許されない場合のあることも考えられる。ただ夫婦生活もそうかんたんではなく、いろいろ複雑なものを含んでいるから、別居についても、右記のような両極端な場合以外に中間にいろいろの別居生活が考えられるが、その場合には、後記のような事情その他各種の事情を十分に斟酌して、具体的な場合に適合する扶助料を請求し得るものと解するを相当とする。たとえば、夫婦が実質的な夫婦関係を継続しているかどうか、別居するに至つた事情、ことにそれが一方の意に反しているような場合には、その原因がどんな事情に基くものであるか、さらにまた、夫婦それぞれの収入と生活状態を考慮して、一方の生活のみを重視して他方の生活を軽視することなく権衡を保つなど、諸般の事情を斟酌して定めなければならないものと解する。もつとも、民法第七六〇条にいう婚姻から生ずる費用中には夫婦自身の生活保持の費用のほかに、未成年の子の生活費等をも包含するものと解すべきであるから、別居中の妻が未成年の子を養育している場合においては、別居事由のいかんにかかわらず、それに要する費用の分担を夫に対し請求し得ることは別問題である(民法第八二〇条参照)。

本件についてこれをみるに、相手方は昭和二五年一二月二八日抗告人と婚姻したが、長男直行が出生(昭和三一年一月一九日出生)すると間もなく、昭和三一年二月一日山口県豊浦郡殿居村の実父山内昌彦方に右直行を連れて別居し、昭和三六年一月上京後もいぜんとして別居生活を続けており、その間抗告人は相手方に全然仕送りをしていないことは本件記録によつてこれを認めることができる。

原審判は明確に判示していないが、その全部の趣旨からすれば、夫婦であるとの一事で抗告人は相手方に対し婚姻生活費を分担すべき義務があるものとして、抗告人に対し審判の申立がなされた昭和三六年八月以降毎月金一万五千円の支払を命じているのである。しかしながら、上記のように相手方は昭和三一年二月一日以来本件審判の申立をなしたときまででも約五年以上に亘つて別居生活を続けており、右別居の原因については双方の申立に相違のあることも本件記録上明らかである(抗告人提出の訴状の写によれば、現に抗告人から相手方に対し悪意の遺棄を理由とする離婚訴訟が東京地方裁判所に係属していることも認められる)から、右別居中における長男直行の養育のために要する費用は格別として、相手方自身の生活保持のために要する費用については、抗告人と相手方とが実質的に夫婦関係を継続しているかどうか、相手方の別居生活がどんな事由に基くものであるかどうか、その他上記のような諸般の事情を調査確定した上でなければ抗告人にその負担の義務があるかどうか、さらにどの程度の額が相当であるかは判定できないものといわなければならない。それなのに、原裁判所は右記の諸点について調査ないし審理をなした形跡は本件記録の上ではあまり発見することができないばかりでなく、原審判では別居している事情についてはなにも触れていないし、抗告人の支出費用については殆んど判断をしていない。もつとも、原審は双方の収入について調査をしているが、その点についても抗告人についてはその月収及び夏期並びに冬期の各手当等一年間の全収入を基礎としながら、相手方については記録添付の給与支給証明書(記録第二一丁)に基き、相手方の昭和三六年七月、八月及び九月分の給与のみを基礎とし一ヵ年の平均収入を算出して不合理があるばかりでなく、その生活費についても、相手方については精しい調査をなしているが、他方抗告人については先妻との間の長女京子並びに母あいの生活環境及び抗告人とその扶養する家族の生活のために抗告人の支出する費用等について十分な調査をなしたことも記録上これを認めることができない。(本件記録によれば、抗告人が調査に非協力的であつたことを窺うことができるが、そのことを考慮しても、右のように判断せざるを得ない。)

よつて、抗告人と相手方がたんに夫婦であつて、相手方がその収入によつては一ヵ月金一万五千余円の支出に不足をきたすものとして、抗告人に対し毎月右不足分中金一万五千円の支払を命じた原審判は失当であつて、本件抗告は理由があるから、原審判を取り消し、さらに上記の諸点について審理を尽くさせるために本件を原裁判所に差戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 村松俊夫 裁判官 伊藤顕信 裁判官 杉山孝)

別紙

抗告理由書

第一、(一) 相手方は昭和三一年一月頃(直行出産直後)全く自己のわがままから離婚をするといつて産院より無断で郷里へ帰り、正当な理由なく同居義務に違反しつづけてきたものである。(悪意の遺棄)

(二) 又加えて、最近に至つても抗告人の勤先、監督官庁、家族、近所に対して事実に反する悪口をいいふらしている。(婚姻を継続し難い重大な事由)

右の詳細は添付の訴状昭和三五年五月一〇日付準備書面昭和三五年六月九日付準備書面、昭和三五年七月九日付準備書面、昭和三六年一月二〇日付準備書面記載のとおりであるからここに引用する、これらは何れも相手方が全く一方的に離婚原因を作つているのであつて抗告人には何らの責任も存しない。

このように相手方が自ら離婚を求め同居義務に違反して或は婚姻を継続し難い重大な事由を作つて法律上の離婚原因となつている場合、単に戸籍上夫婦であることを理由にして婚姻費用の分担を請求する理由はない。尚離婚訴訟は現に東京地方裁判所に係属中である。

(三) 又直行の生活費についても相手方は子供の出生に際しその生活費の請求を放棄している。直行が自らの生活費或いは養育費を請求する分には格別、相手方が之を婚姻費用の分担として請求するのは何れにしても理由がない。

以上につき抗告人は原裁判所に対し申出でたが、原審判は之らにつき何らの判断をなすことなく一方的に婚姻費用の分担を命じたことは違法である。

第二、原審判の理由に記載されている事実も異なる。(例えば長女京子は抗告人の手許で生活しているのであつて大阪にひきとられている事実はない。)

因つて抗告の趣旨記載の如き裁判を求める。

参照

原審(東京家裁 昭三六(家)七九五二号 昭三七・八・四審判)

申立人 足田春子(仮名)

相手方 足田恭二(仮名)

主文

相手方は申立人に対し、婚姻費用の分担として、本件申立の日より昭和三七年八月四日迄の分金十五万円、及び昭和三七年八月五日以後別居期間中毎月金一万五千円宛を支払わなければならない。

理由

申立人は昭和二九年一二月二八日相手方と婚姻し、同三一年一月一六日長男直行を出生したものであることは本件記録編綴の戸籍謄本の記載により明かである。しかして申立人は昭和三一年二月一日山口県豊浦郡殿居村大字一ノ俣第○○○番地実父山内昌彦方に長男直行を連れて別居したものであるが、相手方は爾来一銭の仕送りをしないことは一件記録に照し明かである。

日本学術会議事務局会計課給与係長の申立人の給与支給額証明書によれば申立人の一ヵ月の収入は一日金四百四十円、二〇日間勤務した場合に金八千八百円、二二日間勤務した場合に金九千六百八十円であること及び、東京都立桜町高等学校長からの教諭足田恭二の給与明細表によれば、昭和三六年度の給与額は差引現金支給額金四万八千六百円、夏季手当金五万三千二百八十七円、年末手当金十一万七百九十九円であることが明かである。しかして当裁判所の調査の結果ならびに申立人本人の審問の結果を総合すれば、相手方は長男正行(昭和一九年六月二四日生高校二年在学中)長女京子(昭和二一年八月九日生高校一年在学中、もつとも京子は殆んど大阪府大東市深野○番地在住の生母小原マリ子方に引取られている)の三名の生活費の外に相手方母あいに毎月三千円位の仕送りをしていることが認められ、一方申立人は長男直行と二人暮しで日本学術会議勤務の収入一ヵ月平均金九千円の収入に対し、支出としては、食費、衣料費、教育費等合計金一万七千円、その外アパート(四畳半一間)代金四千五百円、建具代金五百円、ガス代金四百円、電気ラジオ代金三百円、炭代金四百円、水道代金二百円、交通費千円、合計金二万四千三百円位を要し、申立人の月収金九千円を差引いて毎月一ヵ月金一万五千三百円位不足を来すことが明かである。

よつてその他諸般の事情を斟酌して婚姻費用の分担として別居期間中相手方は申立人に対し毎月金一万五千円宛を支払うべきを相当とする。故に相手方は申立人に対し本審判請求を提出した日を基準に考慮し昭和三六年八月五日より同三七年八月四日までの分として金十五万円と昭和三七年八月五日以降毎月一万五千円宛を支払うべきものと定め主文のとおり審判する。

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